はたしてこれは、先手側の苦悩なのだろうか、後手側の苦悩なのだろうか。
4手目△9四歩を突けますか?
この一手は、「あなたは端歩にお付き合いできますか?4手目△9四歩と突けますか?」という、先手から後手へのメッセージが込められている。後手は端歩に付き合うと、乱戦(角交換から▲6五角。乱戦とはいえ半ば定跡化されている)の変化にて端攻めをからめられることになる。最近では、第49期王位戦、▲深浦康市王位VS△羽生善治名人の第2局が有名だ。
羽生名人は端歩にお付き合いし、結果的に超急戦の変化に進んだ。将棋世界2008年10月号の解説を見る限り、中盤時点ではいい勝負か、もしくは先手・深浦王位持ちの形勢となった(結果は、終盤の入り口時点で羽生名人が良くなったものの、最終盤で深浦王位が逆転勝利)。
書籍「2手目の革新 3二飛戦法」(長岡裕也四段 著)では、端歩のお付き合いはやや危険であり、玉を寄ったほうがよいかも、と述べられている。なお本書籍は、相振り飛車の変化の解説など、2手目△3二飛戦法を知りたい・指したい方にとっては必読。また、普通の三間飛車党・石田流党にとっても参考になるだろう。ぜひご参照あれ。
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4手目△9四歩を突くと、乱戦の変化を気にしなくてはならない。しかし、2手目△3二飛はまだまだマイナーな戦法。先手側が乱戦定跡を知っているとは思えない。ただの脅しではないのか・・・?突きこされると美濃囲いには組みにくなってしまう。振り穴にはできるか。でも指したことないな・・・。
などと考えているうちに、また別の疑問が浮かぶ。これは先手側の問題だ。
3手目▲9六歩を突けますか?
4手目△9四歩に上記のようなジレンマがあるため、先手としては3手目▲9六歩は「突き得」にうつる。相手が△9四歩を突いてきたら、乱戦でも通常形でも選択肢は自分。突いてこなければ端歩を詰めてしまえばよい。
が、実はそうでもない。相振り飛車を目指すのならば、▲9六歩は論外で不急の一手。居飛車を目指すとしても、結構勇気のいる一手といえる。すなわち、気づかぬうちに「居飛車穴熊」を放棄していることになりかねないのだ。
先に端歩を突いている(とりわけ9五まで突きこしている)と、それを活かして縦へ強い囲い、すなわち銀冠や6/7筋位取りへ指したくなるのが人間心理というもの。先に端歩に手をかけてしまっているため、イビアナの完成が間に合わない(その前に相手から仕掛けられる)かもという心理的圧迫もある。
一方の後手は、端歩を詰められた場合美濃囲いには組みにくいので、全力で振り飛車穴熊に組みにくるかもしれない。以下角交換型なら「レグスペ」(角交換振り飛車穴熊。下記書籍参照)へ、非角交換型ならノーマル三間飛車穴熊へ。
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下手に端歩に手をかけてしまっているため、三間穴熊に組みにいくのをとがめる有名な急戦定跡も使いにくい(というかそもそも振り飛車側が角道を止めていない形なので無理か)。
例えば、先日行われた順位戦C級2組・大平武洋五段VS遠山雄亮四段戦では、遠山四段の2手目△3二飛に対し大平五段は3手目▲9六歩。ここで遠山四段は端歩に相手をせず△6二玉としたため、大平五段は手に乗って▲9五歩と端を詰めた。結果は、遠山四段のブログで述べられているように
結局序盤紆余曲折あり、先手の6筋位取りvs後手の三間飛車穴熊という、一昔前のような格好に。超最新形の出だしからでも昔の形に戻るというのは将棋の面白いところです。
となった。このエントリーでは、この対局の終盤の勝負どころが詳細に解説されているので、興味ある方はぜひご参照あれ。
ここで、「超最新形の出だしから昔の形に戻る」と述べられているが、そう見える大きな理由の1つは、紛うことなく先手が「最近の形(=居飛車穴熊)」でなく「古き良き時代の形(6筋位取り)」であるからだ。そして、大平五段がそう囲ったのは、序盤早々に突いた端歩の2手の影響だと考える。
▲9六歩を突く時点で、「端を相手にしてこなかったら突き越して縦に囲って不満無し」という構想を大平五段が立てていたのは間違いないが、そういう現代感覚とはかけ離れた「幻想」を抱かせる魔力を持っているところが、2手目△3二飛戦法の隠れたメリットといえるかもしれない。
まとめると、
- 自分は穴熊を放棄し、なぜ相手に穴熊にされる?
- 相手がノーマル三間飛車だったら何の気にも留めず一直線に居飛車穴熊に囲うにもかかわらず、2手目△3二飛戦法相手に3手目▲9六歩と突いて様子を見る必要はあるのか・・・?
これらが3手目▲9六歩のジレンマである。
端歩突き越し居飛車穴熊が指せますか?
上記の3手目▲9六歩のジレンマを解決するために必要な、先手側の心構え。それは、「端歩を突いていても、居飛車穴熊を含むすべての囲いの選択肢の可能性を現代感覚で追求する」という、序盤構想のパラダイム転換だ。
振り飛車側については、数年前に「端歩突き越し振り飛車穴熊」(下記書籍参照)というのが一時期流行し、パラダイム転換は果たせたといえる(最近は流行っているのだろうか?勝ちにくいから消えた?)。
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しかし居飛車側はまだそうでもない気がする。「端歩を突いてあったら縦の囲いへ」という既成概念が根強く残っているのではないだろうか。もちろんそれはそれで間違いではないのだが、結果的には最近の流行からは程遠い、現代的には勝ちにくいとされる形となる、ということだ。
「端歩を突いていてもすべての囲いの選択肢を現代感覚で追求する」という心構えを持っていないと、先手側は三手目▲9六歩とは突かないほうがよいかもしれない。「なんとなく」指して、無意識のうちに構想を限定させられているのではおかしい。
・・・と、長々と書いてきたわけですが、イビアナは元々指さないという方は、なんの躊躇もなく端歩を突いていただいて構いません(苦笑)。
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