サイン会に参加してきた
さる5月13日に八重洲ブックセンターで行われた、梅田望夫氏(id:umedamochio)の著書「シリコンバレーから将棋を観る -羽生善治と現代」のサイン会に参加してきた。
シリコンバレーから将棋を観る -羽生善治と現代 | |
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私は列の前から10番目位に並んでおり、また、サインを頂いた後すぐに帰ってしまったので、後ろの方に並んでいる方々は見ていないのだが、私が周りを眺めた限りでは、スーツを着た40歳代くらいの方々が大半を占めていたように思う。氏の著書「ウェブ進化論」(ちくま新書)などに感銘・影響を受けたビジネスマンが多かった、ということなのだろうか。私服の若いエンジニアっぽい方々が多いのかと思っていたが、そうではなかったようだ。
今ではもはや、「みんなで丸ごと英訳プロジェクト」をはじめとした将棋のグローバルな普及が、この書籍の命題みたいな雰囲気になっている*1が、本来の最大の着目点は「昔は指していたが今では指さなくなってしまった、「指さない将棋ファン」へ」というものだった。
(「はじめに」P15より引用)
将棋から一度は遠くはなれたけれど将棋の世界が気になっている人、将棋は弱くてもなぜか将棋が好きで仕方ない人、将棋を指したこともないのに棋士の魅力に惹かれて将棋になぜか注目してしまう人・・・。
そんな人たちに向け、指さなくとも感じ取れる将棋の魅力、そして棋士という素晴らしい人たちの魅力を描くことで、「将棋を観てみよう」という気持ちを1人でも多くの人が持つことになればいい・・・。それだけを願いながら、本書を書き始めることにする。
おそらく昔は将棋を指したりしていたが、最近ではタイトル戦の結果など一般紙トップ記事で紹介されている記事が「目に入る」(「Watch」でなくてほとんど「See」)ことでしか将棋を思い出さなかった日本人に、「Webの世界のビジョナリー・梅田望夫」を通して将棋に再び目を向けさせる・・・サイン会会場の中だけではあったが、そういった方々を垣間見ることができた。きっと大局的に見ても、本来のターゲット層にメッセージは伝わったに違いない。
余談だが、当ブログは昨年の今頃、梅田氏からいくつかのスターやブックマークを頂いていたので、もしかしたら名前ぐらい記憶にあるのではないか?と思い「「将棋の神様」というブログを書いているんですが・・・」と恐る恐る聞いてみたら、「へぇ・・・」という困ったような返事をされてしまった。少し後悔した(笑)。*2
サインの際、氏とは二言三言会話させていただいたが、その明るい口調に驚いた。直面する物事に対しては何にでも前向きな姿勢で取り組む、という正のオーラを感じた。
短評
本書について包括的に書評を書く力は、私には無い。それほど内容が濃い。
私からは、第3章「将棋を観る楽しみ」と第7章「対談−羽生善治×梅田望夫」について少し短評を述べさせていただく。
(P98より引用)
しかし、将棋を観て楽しむために必要最小限のハードルはもっと低い。将棋のある局面の最善手や好手やその先の変化手順を、自分で思いつけなくても、それらを教えてもらったときにその意味が理解できればいいのである。
ただ、それには1つだけ前提条件がある。一局の将棋がただ棋譜として提供されるのではなく、たくさんの言葉が付随して提供されていなければならない、ということだ。テレビ放送やネット中継であれば実況解説だし、新聞や雑誌や本であれば観戦記や将棋解説といった、将棋を語る豊潤な言葉が必要なのである。逆にそれさえ充実すれば、「将棋を観る」ことができる人の数は「将棋を指して強くなれる人」の潜在数を大きく上回る。そしてそうなったときにはじめて、「野球をやる」に対する「野球を見る」と、「将棋を指す」ことに対する「将棋を観る」とが、近い意味になってくるはずなのである。
同感。後日、本ブログで紹介する予定だが、本日行われたNHK杯戦・糸谷哲郎五段VS中田功七段戦でも、感想戦を観るのと観ないのでは、その理解度やエンターテインメント度は段違いだった。ほんの数手の間に形勢がひっくり返っていたドラマを味わえたかどうか。起承転結の「転」を知らずに観終わったら、面白いわけが無い。
本書ではたびたび将棋と野球の比較が述べられているが、そこでは指摘されていない(と思う)、野球と将棋で異なるところは、「もしも」をやり直せるかやり直せないか、そして結論を自己完結できるかどうか、というところだ。
野球では、「あそこでピッチャーを代えていれば勝てた。あの監督はヘボ。俺の方がすごい」とか好き勝手にいえる。なぜならばその変化の展開は再現できないからだ。過去のピッチャーの投球内容、バッターとの相性、天候、など詳細なデータをインプットし、テレビゲームなどで確率論に基づきシミュレートすることはできるが、選手のコンディションや調子なんてわからないし、全然リアリティが不足している(近似しすぎている)から意味が無い、と誰もが考える。そして解説者を除き、ファンは自分の発言なり行動に責任を持たなくてよい。
一方将棋では、「あそこでこう指していればどうなっていたのか?」ということが、指し手を再現しようとすればできてしまう。が、将棋の神様でも無いので正解手がわからずモヤモヤしていることが多い。正解があるが故に、わからないことが逆に歯がゆい。
野球観戦と違い将棋鑑賞からは、「他者を上回っているという身勝手な優越感」を味わい自己満足に浸ることはできない。
しかしそれに対する回答や「なだめ」のようなものが、羽生名人から啓示されている。
(P234から引用)
私は、その途中の感じを観るには、アマとプロとの差は、じつはあまりないんじゃないか、という気がしているんです。稀にすぐ大差がついて形勢がハッキリする場合は別として、そうして競っている状態のときは、みんな見解が分かれるものです。針がどっちに振れているかわからない、切羽詰った場面を見るには、将棋の実力は関係ない。(中略)
もちろん、その1手に潜む裏側の意味、といったことは、プロ棋士のほうが見えていますよ。ただ、プロは将棋を観るときに、そこだけを観てしまうきらいもある。プロの見方と一般的な人の見方は、互いに補完し合う感じで表現できたら、一番いいのではないかと思います。
プロも正確にはわかっていない。もちろんプロの方が見えている。その見えている部分を、解説という形で一般的な人へ提供して補完してあげる。
将棋の楽しみ方は、「自己満足」が少ない分、第3章で述べられているように、よりシェア(共有)して互いに高めあう方向に進むべきだろう。この方向は、今考えられているインターネットの方向性とも合致している*3。
もっといえば、野球と同様、将棋も棋士のコンディションや調子が指し手に影響するから、将来的にコンピュータがすべての局面における最善手を算出できるようになったとしても、リアリティが無いからそのシミュレートには人間から見てあまり意味が無い。
決して最善ではないけれども、人間の将棋は面白い。そう強く思えるようになるために、対局中の心の動き、手の流れの意識(とそれによる先入観)、などの情報も棋譜とともにシェアしていければ、よりエンターテインメント性の高い、楽しめるモノになるに違いない。おやつもOK。
ファンがプロ棋士に提供・補完してあげられるものとは
プロの見方と一般的な人の見方は、互いに補完し合う感じで表現できたら、一番いいのではないかと思います。
再掲載のこの一文。では、一般的な人がプロへ提供・補完してあげられることとは何なのだろうか。
シンプルに考えれば、
もちろん、その1手に潜む裏側の意味、といったことは、プロ棋士のほうが見えていますよ。ただ、プロは将棋を観るときに、そこだけを観てしまうきらいもある。
に、逆説的にその答えが潜んでいることになる。
プロにはわからない、アマチュアの感じている「指し手のモヤモヤ感」。いや、それだけでなく、将棋を観戦しての感想、意見、不満。それをプロに伝えてあげることが、アマチュアの役割の1つ、といえるだろう。意見をもらわないと、プロの方々もファンが何を望んでいるのかわからないから、ファンサービスをしようが無い。
お互いが情報・意見を持ち合って、双方が楽しく、幸せになれればとても良い。
というわけで私は、ささやかながらこれからも将棋ブログを続ける所存です。
「三間飛車のひとくちメモ」英語版を開始
そして、「みんなで丸ごと英訳プロジェクト」に触発されて、「三間飛車のひとくちメモ」の英語版ブログを先週あたりから始めてみた。
もともと、2009/04/06のエントリー「スウェーデン将棋連盟の方からメールを頂きました」で「三間飛車のひとくちメモ」の英語翻訳化は予告していたわけだが、このプロジェクトを見ていて熱が移り、自分でイメージしていた時期よりも相当前倒ししてのスタートとなった。
「三間飛車のひとくちメモ」をスタートしたのが2003年3月。一番油がのっていた当時でも、普通に仕事もあるので週に2回くらいしか更新していなかったが、長い年月の積み重ねのうち今ではかなりのコンテンツ量となっている。英語版の方も、長い目で見ることにし、月に4回くらいのペースでコツコツと更新し続けられればいいなと考えている。
ところで、「Tips on Third File Rook」ブログには、海外で人気の「Blogger」というブログツールを用いている。2008/07/15のエントリー「ホームページ更新来歴 ユーザインターフェースツール編」で述べたように、2003年3月にBloggerを始めて*4すぐ辞めて(苦笑)以来、6年以上ぶりのBlogger復帰となり、なんだか感慨深い。
*1:もちろん、書籍P15で「将棋を指す子供達が最近また増えているなか、そのお母さんたちへの普及という観点からも。また、これからますます大切になってくる将棋のグローバルな普及という観点からも。」と述べられていたり、その他記事でも梅田氏が述べているように、この書籍は将棋の海外普及も視野に入れている。
*2:ただ、前回のブログエントリー「「将棋世界」2009年7月号に、棋王戦第2局の自戦記掲載予定」に氏からのスターが付いているように見える。おそらく、氏はインプットが非常に多い方なので、とりわけタイトルには注目しておらず、覚えていないのだと思う。
*3:何でもオープンにしてシェアすべき、という方向性が、未来永劫続くかどうかはわからないが。
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