「勝負師」と「芸術家」と「研究家」

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「指さない将棋ファン」寄りの視点

2009/07/02のエントリー「3手目角交換の是非」に対して感想を頂いた。ありがとうございます。

相手の得意戦法に飛びこんでいくとかよほど自信があるか勝つ気のない人であろうし、特にこんな特殊な戦法を得意にしているのは1人なんだから研究するのもバカらしいので単純に角交換して振り穴やらせないよー、という発想は大いにありだと思いますけれどねぇ。だいたい、相手の力がでるような形にしないことが、将棋に勝つひとつの姿勢なので非難するにはあたらないでしょ?

ごもっとも。
ただその手段が、「3手目角交換」という現状棋理に無い「勝負師の手」(そのまま「勝負手」とも言い換えられそうだ)であることが納得がいかなかったのでした。
正直に白状すると、よく将棋を指していた学生時代、振り飛車党相手に3手目角交換を一度用いた記憶がある。今はそのときの自分を棚に上げている。

「3手目角交換の是非」は、野球やスポーツにおける「なんでここで選手代えないんだ!」「敬遠なんてするな!」とか「監督解任だろ!」といったぼやきレベルの内容を、クソ真面目に講釈しているのに近いかもしれない。「冷静に考えて、そうはいっても・・・。代案は?」という選手、棋士の嘆きが聞こえてきそうだ。もちろんそれも理解している。
このようなぼやきが出るのは、私が指し将棋からほぼ離れていて勝負への執着が無くなっていることと関係があるだろう。そして、いち「指さない将棋ファン」として、自分の観たい将棋(戦型)を観て楽しみたいという我がままな要求が強くなっている表れともいえる。

「勝負師」「芸術家」「研究家」の重み付け

『「あるがまま」を受け入れる技術』にて、谷川浩司九段は以下のように述べている。

 芸術家という話が出ましたが、確かに将棋の棋士には、上へ行けば行くほど、芸術家としての資質も要求されると思います。
棋士にはどういう素質が必要かということで、少し考えたことがあります。そこで思ったのですが、将棋の棋士には「勝負師」の部分と、「芸術家」の部分と、「研究者」の部分がある。その3つの素質を3分の1ずつバランスよく持っている人が強いんじゃないかと思うんですね。(中略)
逆に勝負師の部分があまりにも強すぎると、その1局だけ勝てばいいということで、見ていて面白い、価値のある将棋が指せないということになってしまう。それはまたそれで、プロ棋士としてはどうかと思います。

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(「Googleブック検索」である程度読むことができるので、話の前後関係などをもっと読みたい方は是非ご参照下さい。)
こう述べている谷川九段は、「最新戦法の話」の中の「相振り飛車の話」で勝又清和六段に

どこかで見たような流れではありませんか。そう、角換わり腰掛銀ですね。(相振り飛車には)角換わり腰掛銀の要素も加わったのです。矢倉に角換わり、なにか相振りには美味しいにおいがしているぞ、と居飛車(特に谷川)が近寄ってきます。(中略)
昔は相振り飛車は詳しくなかったはずですが、弱点を克服して現在では通算23勝10敗と圧倒的戦績。いまや「泣く子も黙る谷川の相振り」なのですが、やってみたら、実は谷川の棋風にぴったりでした。このあたりの事情について本人は「相振りは序盤が広く、研究で突き詰めるのは困難、対局を重ねることで感覚を得てきた」と語っています。

と称されている通り、相振り飛車をその場しのぎでなく連採。勝率も良い。

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また、

谷川先生が後手で▲7六歩に△8四歩と飛車先をついたのは、平成18年10月19日の阿部九段とのA級が最後で、それ以来39局続けて△3四歩だった。なんと1年8ヶ月・40局!ぶりの△8四歩だった。

と、後手番矢倉を長期間封印し、他者が先んずる戦型の求道に努めていた。目先の勝利ではなく、中途半端な戦型選択でもなく、取り組んだ戦型に対して本気で習得しようとする気概。残念ながらここ数年の成績を見ると、その姿勢が結果に結びついているわけではない*1が、ブレずに己の戦い方を貫くという気概がひしひしと伝わってくる。3つの資質でいえば、本資質は「芸術家」に当てはまるだろうか。

どの要素を重視しているか

棋士の方々が「勝負師」「芸術家」「研究者」の部分を持ち合わせているとして、ファンも無意識のうちにそれら要素を鑑みて、好きな棋士、嫌いな棋士を考慮していると思う。どの部分をより多く持っている棋士が好きか、自分がどの部分に重きを置いているか、というのを考えてみると面白い。
私自身はおそらく「勝負師」タイプがあまり好きではなく、定跡調査が好きなことから「研究者」タイプが好きなのだろう。また、羽生名人のように戦型選択においてファン、解説者(羽生名人は担当解説者のことを考慮しているかのような戦型選択を度々行う)、しまいには対局相手(相手の得意戦型に平然と飛び込む)をも判断基準に入れているかのような姿勢には、感謝してしまうし感動する。この姿勢は、自分と相手だけでなくその他人物をも巻き込み力を出し合える環境を作ることで、最高の棋譜を創作し、そして観てもらいたい、という「芸術家」的側面に当てはまると思う。

棋士のレーダーチャート化で、傾向を可視化

棋士を以下の5つくらいのデータでレーダーチャート化してみると面白いのかもしれない。

  • 勝負師
  • 芸術家
  • 研究者
  • 構想力(序盤力)
  • 終盤力

例えば、羽生善治名人と谷川浩司九段で比較すると下記のような感じか。
f:id:Fireworks:20090710214301g:image
どなたか、全棋士をこの評価基準でデータベース化していただけませんかね?!

*1:「タイトル戦登場が無い」など、谷川九段に求める要求が高いためにこのような評価をしてしまったが、一般的な評価基準でいえば順位戦A級に君臨している時点でもすごいこと。

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この記事を書いた人

「三間飛車のひとくちメモ」管理人、兼「フラ盤」作者、兼二児のパパ。将棋クエスト四段。
「三間飛車の普及活動を通して将棋ファンの拡大に貢献する」をモットーに、奇をてらわない文章とデザインで記事を書き続けています。

コメント

コメント一覧 (3件)

  • 3手目角交換という手自体は個人的にはあるんじゃないかと思います.一手損もゴキ中も当初はキワモノ扱いされたわけですし.今はない手でもいずれ新しい戦法として成立する可能性は0と言えません.
    管理人さんのおっしゃることは「名人戦で中飛車なんて」というような頭の硬い発言なんじゃないかと思います.
    一番問題なのは,増田五段は得意系を避ける意味のみで指したことですが,広瀬五段はほぼ決めうちな以上どう指されても仕方ないと思っているでしょう.視聴者もたまには違う戦型でもいいんじゃないでしょうか.増田さんは早指し対局だからこういう戦法を使ったとも言えますし.それらのことが勝つためだからと一蹴してしまうのはおかしなことです.あとコメント打ちづらいです.狭いです.

  • > noさん
    コメントありがとうございます。
    糸谷五段が、「週刊将棋」誌上で、「後手の勝ち越しがこれからも続くとしたら、今後プロの戦術はどのような影響を受けるでしょうか。」という問いへの答えとして「ほぼ皆無ではないでしょうか。研究上ではやはり後手が苦しいことが多いですし。後手番が本来的に有利になれる、もしくはなりやすいのなら、先手は▲7六歩△3四歩▲2二角成を検討し始めるべきですね。」と答えています。この先進性には感動しました。△2二同銀と2筋に上がらせたのを逆用し、先手良しとなるような定跡が編み出されたら面白いですね。

  • たしかに、広瀬五段も仕方ないと思っているでしょうね。
    ただ、私は広瀬五段の振り穴が見たかった。その欲求とわがままがこのエントリーとなっています。ちょっと熱くなっていました。

    コメント欄、たしかに狭いですね(苦笑)。理由はわかりません。できれば直します。

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