羽生善治十九世名人誕生
羽生善治二冠が、第66期名人戦にて名人位を奪取。永世名人の資格を獲得した。
→「http://mainichi.jp/select/today/news/20080618k0000m040076000c.html」
いろいろなニュースが飛び交ったが、特に下記「関係者に聞く」という特集ページに載っていた、茂木健一郎氏のコメントが私の印象に強く残った。
▽脳科学者の茂木健一郎さんの話
羽生さんは、いつでもどこでも将棋のことを考えられるといい、仮想の世界で将棋の神様とたわむれている。
茂木健一郎氏を「関係者」としてコメントを頂戴したのは、「プロフェッショナル 仕事の流儀」での対談の影響が大きいからだろう。なお、私はもともとこの「羽生永世名人誕生」の話題はブログに書くつもりがなかったのだが、茂木氏の「将棋の神様と〜」というコメントを見た途端、火が付いてしまった。
破壊神モードの羽生と、ゆとりモードの羽生
また、同特集ページにおける谷川浩司九段(十七世名人資格者)のコメントも興味深かった。
最近の羽生さんは内容重視というか、勝負にあまりこだわらない感じでした。でも、今期は永世名人という目標があるので、かなり勝ち負けを意識していたと思います。
たしかに最近の羽生先生は、勝負にあまりこだわらず、いろいろな戦型に顔を出して、将棋の内容・骨格ともいうべき「定跡」の整理活動(終わらせる活動)に力を入れる傾向があったと思う。これは2008/06/08のエントリー「三神一体・・・創造の神・佐藤、破壊の神・羽生、繁栄の神・大山」でも紹介した、
羽生という棋士は、興味をもったらあらゆる戦型に出没し、問題を提起し、答えを出し、(多くの場合)結果まで持って去っていきます。
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という文章に事実表現されている。なお、「勝負にこだわらない」という傾向には甘さがあると捕らえられそうだが、実際には大違いで、多数の棋士達で積み上げてきた定跡を破壊していく姿はむしろ凶悪な「破壊の神」であると考えるべき、というのが上記エントリーでも述べた私の考えだ。
一方で、では今期の名人戦にて勝ち負けを意識していたことを象徴しているのは何か、というと、その1つは最終局における初手▲2六歩なのかもしれない。2008/06/15のエントリー『ゲーム理論から見た将棋(1)「振り飛車党相手に初手▲2六歩>▲7六歩の理由」』で、振り飛車党の後手に対して居飛車党の先手は初手▲2六歩が▲7六歩より勝る(2008年6月時点)、と述べたが、これは後手が居飛車党であっても現在は当てはまるかもしれないからだ。すなわち、森内俊之先生のような居飛車本格派相手の場合、相矢倉に進むことが大いに考えられるが、2008年5月時点で実は「相矢倉は後手十分戦える」という定跡事情となっている。詳しくは「将棋世界」2008年5月号の「これならわかる!最新戦法講義」内の渡辺明竜王インタビューを参照下さい。
「内容重視」の羽生先生だったら、相矢倉戦に持ち込み、「後手不満無し」の定跡を打ち破る研究成果をぶつけていたかもしれない。が、実際には「相掛かり戦法」(初手から▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩。もう少し突っ込むと、以下飛車先の歩交換後2八まで引く形。相当優秀)を選んだ。なお、2手目△3四歩であれば以下▲7六歩△3二金から「一手損角換わり」に進んでいたかもしれないが、これは初手▲7六歩でも同じ。相矢倉を避けるために初手▲2六歩を選んだ可能性は高い。
とはいえもちろん本譜の相掛かりも、先のほうまで前例がある形ではあった。前述との違いは、この形を羽生先生はおそらくもともと「先手勝ちやすい」とふんでおり、事前研究でさらに裏付けし、実戦でぶつけたこと。いばらの道を歩まない、「破壊神モード」でなくいわば「ゆとりモード」を選んだといえるかもしれない。
ストーリーが極端すぎたきらいがあるので言葉を変えると、勝ちにいくときにこそ現れる、無理をしない「自然体モード」とでもいおうか。
永世竜王を賭けた戦いは、今期実現するのか
さて、進行中の第79期棋聖戦(梅田望夫氏の「第1局観戦記コラム」が秀逸。こちらもぜひご参照下さい)はさておき、次なる羽生先生の究極の野望は、唯一「永世」の資格を得ていない「竜王」戦ということになるだろう。残念ながら、現在行われている第21期竜王戦では、ランキング戦(いわゆる予選)1組にて1回戦で早々に敗退してしまったので今期は望みがない・・・と思っていたが、改めて日本将棋連盟のサイトを見てみたら、なんと裏街道(敗者復活戦)を勝ち進み、1組5位で決勝トーナメントに進出しているではないか!(最上位である1組は決勝トーナメント出場者が多い。詳しくは「お探しのページが見つかりません|日本将棋連盟」参照のこと)
竜王戦は、5期連続または通算7期で永世竜王の資格を得ることができる。今のところ、まだ永世竜王の資格を得ている棋士はいない。そしてなんと、もし羽生名人が挑戦者となれば、渡辺明竜王(4期連続保持中)と羽生名人(通算6期竜王獲得済み)の「初の永世竜王争奪・かつ羽生の永世タイトル全制覇」のかかったタイトル戦となるのだ!
なんともドラマチックな展開。本当にこのタイトル戦が実現するのだろうか。大いに期待したい。
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