発明の名称
新・石田流。俗に「鈴木新手」とも呼ばれる(2008年5月現在)。むしろ後者のほうが認知度が高いかもしれない。
発明者と寄与率(寄与率は筆者の独断ですのであしからず)
- 鈴木 大介 八段 95%
- 成立しない(不利になる)と考えられていた7手目▲7四歩(局面は後述)が実は成立することを、研究により見出す。2004年5月、銀河戦・対桐山清澄九段戦で初採用。
- 升田 幸三 実力制第4代名人 5%
- 「石田流 - Wikipedia」内の「新・石田流」の説明によると、「この7手目▲7四歩は江戸期の定跡で悪手とされ、第30期名人戦でも出現したが、仕掛けた升田が敗北しており、成立しない仕掛けとされていたものである。」とされている。つまり当時少なくとも升田先生が用いたことがあるようだ。しかし、以下の請求項に示す手順を発見できてはいない。そして、鈴木先生が当時の名人戦の棋譜を参照したことで本手順に閃いたとは考えにくい。とはいえ3手目▲7五歩〜▲7八飛までの構想は言わずもがなの升田先生の功績であるので、敬意を表し寄与率5%としておく。
要約
課題
石田流において、手詰まりを防ぐ。
解決手段
7手目▲7四歩(第1図)*1。
請求の範囲
請求項1
8手目△6二銀に対し、▲7三歩成△同銀▲2二角成△同銀▲7三飛成!△同歩▲7四歩(第2図)*2以下後手陣を攻めつぶす手順。なお以下の手順について、「決定版 石田流新定跡−ライバルにひとアワ吹かす必勝戦法!」と「石田流の極意―先手番の最強戦法(振り飛車の真髄)」(いずれも鈴木大介先生著)とでは解説されている手順が異なるのだが、後に発売された「石田流の極意」のほうが信頼できると考えられる。
請求項2
8手目△7四同歩に対し▲7四同飛とし、以下△7三歩▲7五飛!△8六歩▲同歩△同飛▲7八金(第3図)*3とする手順。なお▲7五飛のところ▲7六飛、▲7八飛、▲3四飛だと、△8八角成から△4五角で先手不利。第3図以下△8八飛成▲同銀△8六角が怖いが、▲7七飛△8七歩▲同金!以下受け切れる。詳細は「石田流の極意」参照。
請求項3
請求項2に記載の手順において、△7三歩のところ△6二銀に対し、▲2二角成△同銀▲5五角△7三歩(△7三銀には▲同飛成△9五角▲7七竜!で必勝)▲2二角成△7四歩▲1一馬(第4図)*4とする手順。詳細は「決定版 石田流新定跡」参照。
請求項4
請求項2に記載の手順において、△7三歩のところ△8八角成▲同銀△4五角に対し、▲7六角(第5図)*5とする手順。
請求項5
請求項4に記載の手順において、△4五角のところ△6五角(第6図)*6に対し、▲5六角!(第7図)*7とし、以下△5六同角に▲同歩△7三歩▲7八飛!(他の逃げ方だと先手悪い)△5七角▲7四歩△同歩▲5五角と飛車2枚VS角+馬の戦いに持ち込む順。以下駒組み勝ちでき先手良し。なお手順中、△7三歩のところ△2二銀からゆっくり戦う方針には、▲4八玉から落ち着いた展開に持ち込めば、7筋の歩交換を果たし飛車をのびのびと活用できるようになった利点が大きく、先手十分。
請求項6
請求項5に記載の手順において、△5六同角のところ△7四角▲同角(第8図)*8と進める順。第8図で後手にはいろいろな指し手が考えられる。例えば△5二玉、△1二飛、△6二金、△7二金など。2008年5月現在、どの順も先手が十分に戦えるといわれている(が、まだ明確な結論が出ているとはいえない。詳しくは参考文献等を参照下さい)。
発明の詳細な説明
技術分野
将棋における先手番の戦術
背景技術
近年、将棋の超序盤戦術(初手〜8手目辺り)への注目が高まっており、例えば初手▲5六歩や4手目△5四歩、2手目△3二飛(詳細は『「2手目△3二飛戦法」まとめ (特許明細書風)』参照)などが挙げられる。
そのわずかな手数の中で構想を明示できる、優秀な戦術のうちの1つに、「升田式石田流」および「石田流本組み」が挙げられる。すなわち初手から▲7六歩△3四歩の出だしで▲7五歩(第11図)*11と突けば、直ちに戦型は「石田流」と決まる(ただし後手が相振り飛車に持ち込んできた場合について、相振り飛車内の詳細戦型分類ではあまり「石田流」とは呼ばれず、一般的に単に「三間飛車」と呼ばれる)。
第11図以下、後手が居飛車を目指すならば△8四歩が自然であり、以下▲7八飛△8五歩(第12図)*12と進む。従来ここで先手は▲4八玉と上がっていた。
発明が解決しようとする課題
しかし、以下平凡に升田式石田流VS居飛車の戦いになると、先手が手詰まり(参考図)*13になりやすかった(注:ただし2008年5月現在、先手の局面打開構想も発達したため、単に▲4八玉も見直されつつある)。
本発明は、手詰まりを起こしにくい升田式石田流構想を提供することにある。
課題を解決するための手段
7手目▲7四歩。以下の手順は請求項参照。
発明の効果
- 量的効果:
- 1歩手持ちにでき、手を作りやすい。
- 先手番の序盤戦術の選択肢を広げる。これにより後手に事前研究の的を絞らせず、請求項に示した百数手分の事前研究量を強いる。
- 3手目▲7五歩を防ぐため2手目△3四歩の代わりに△8四歩を指させる、という可能性を高める。後手番の2手目の選択肢は事実上△8四歩か△3四歩しかないため、これを△8四歩1つのみに絞らせる効果を持つ。
- 後手に第12図の局面を指せないようにする(注:実際、2008年5月現在、後手は第12図を避けるようになり、飛車先を伸ばし切る前に△6二銀と上がっておく構想がよく指されるようになった)。
- 質的効果:
- ぶっちゃけて言えば、特異な構想上で、自分の土俵で戦うことができる。
実施例
2008年5月前半までの実施例のうち、特徴的なものを下記に示す(段位・敬称略)。
- 2004年 5月 鈴木大介−桐山清澄 戦 先手勝ち(第12期銀河戦Cブロック10回戦。「囲碁・将棋チャンネルホームページ」にて棋譜閲覧可能。第1号局。)
- 2004年 8月 鈴木大介−安用寺孝介 戦 後手勝ち(第30期棋王戦。まだ研究が行き届いておらず、先手の鈴木八段に致命的なうっかりが生じた(第13図)*14。)
- 2006年 6月 鈴木大介−佐藤康光 戦 後手勝ち(第77期棋聖戦五番勝負第1局。鈴木先生逆転負け。)
- 2006年 7月 鈴木大介−佐藤康光 戦 後手勝ち(第77期棋聖戦五番勝負第3局。鈴木先生逆転負け。)
- 2007年 7月 久保利明−森内俊之 戦 先手勝ち(第55期王座戦挑戦者決定戦。挑戦権をかけた重要な対局にて、通常では考えられない滑稽な局面が出現(第14図)*15。)
公開番号
2004-710742 (7 テン(目) 74 フ)
公開日
2004.05.13 (第1号局対局日)
補足
本発明発見にいたる流れ(なぜ今まで指されなかったか)
何より△6五角(第5図)に対する▲5六角(第6図)が盲点だった。従来はこの手が見えず、誰も△6五角以下の変化を読まなかった。
近年の石田流の流行をきっかけに、序盤から石田流を再度見直そうという機運が生まれ、これが本発見につながったといえよう。
ところで、▲佐藤康光VS△森内俊之戦における新手「康光流ダイレクト向かい飛車(角交換ダイレクト向かい飛車)」(△4五角に対する▲3六角)しかり、この▲5六角しかり、「筋違い角」を打つ手は人間には比較的盲点であり、気付きにくい好手としてとらえられるケースが多いのかもしれない。「遠見の角」の▲9八角(▲1八角)もまたしかり、である。▲5六角、▲3六角ときて、今度は7六、1六、または9六への角打ちの絶妙手が、新手として発見される日が来るかもしれない。
「手詰まり」とは?
美濃囲い→銀冠→銀冠穴熊といった堅陣への移行や、飛車先の歩突きや銀の進出といった攻めの布陣の形成など、駒組みの手に困らない状態を「進展性のある」局面と呼ぶ。一方で、進展性が無くなり、また、うまい仕掛けの手段も無くなってしまった状態のことを、「手詰まり」状態と呼ぶ。例えば前述の参考図のケースでは、角打ちの隙を作ってはいけないため銀冠には組めず(4九の金を3八に持っていくとアウト)、攻めの布陣は伸びきってしまっている。
こうなってしまった場合、相手にぼろが出るのを待つか、自信が無くても仕掛けるかしかない。このとき相手側は、自陣の布陣をベストに持っていってから仕掛けるか、または無難な手を繰り返して千日手に持ち込む(千日手になると、一般的に先後入れ替えで指し直しとなる)、という選択肢を得ることができる。
一般に、将棋は先手側のほうが勝率が高い。したがって、先手番を持って手詰まり状態としてしまい、後手側に千日手に持ち込む選択肢を与えるのは、非常にもったいない。そのため、先手側は手詰まりを避けたい。
本発明が真似されて指され続ける理由
本発明により7筋の歩を手持ちにすることは、相居飛車において2筋の歩を手持ちにすることと同様、非常に価値が高い。作戦の幅が大きく広がり、また、飛車の利きが相手陣に直射するため相手の動きを制限できる。この価値は、アマ初段くらいにならないと実感できないかもしれない(私はそうだった)。
本発明は、新規性だけでなく、進歩性(優秀性)も十分に見出せる。新規性だけあっても、進歩性がないと発明(特許)にならない。なお、特許と違い、新手はいくらでも真似できるのが将棋の良いところ。
升田幸三賞受賞
新・石田流(7手目▲7四歩)が、第32回(2005年)升田幸三賞に輝いた。
升田幸三賞:
新手、妙手を指した棋士に与えられる。1995年(第22回)創設。
第32回(2005年)鈴木大介 新・石田流(7手目▲7四歩)
テレビドラマ「ハチワンダイバー」に本戦法登場
フジテレビ土曜ドラマ「ハチワンダイバー」の2008/05/31放送分にて、本戦法が登場。真剣師の1人である斬野シトが採用し、主人公の菅田健太郎を圧倒した。
→「ハチワンダイバー - フジテレビ」
→「ハチワンダイバー - Wikipedia」
懸念事項
請求項6に示した第8図(15手目▲7四同角)の局面は、現時点(2008年5月)では先手良しとされているが、まだ確定とは言い切れない。第8図以下△6二金が現時点で後手の最有力策と考えられている模様。今後の動向が注目される。
参考文献
更新履歴
- 2008.05.18
- 初稿。2008/04/04のエントリー「「2手目△3二飛戦法」まとめ (特許明細書風)」に続く、「新手まとめ(特許明細書風)」シリーズ第2弾。第3段があるかどうかは不明。
- 2008.05.19
- 「手詰まり」について説明を追記。
- 2008.05.31
- 「ハチワンダイバー」について追記。
- 2008.06.07
図面の簡単な説明
*1:【第1図】7手目▲7四歩まで。相居飛車における2筋の歩交換同様、7筋の歩を切って手持ちにするのは非常に価値が高い。
*2:【第2図】15手目▲7四歩まで。先手駒損だが、攻め切れる。
*3:【第3図】15手目▲7八金まで。なかなか見かけない中段飛車で、新規性十分。
*4:【第4図】17手目▲1一馬まで。2枚換えながら先手陣も不安定で、明快でないながらも、先手良し。▲2二角成のところ、7筋歩交換に満足し落ち着いた局面に誘導するのもありかもしれない。
*5:【第5図】13手目▲7六角まで。従来の定跡形(7八飛・7五歩の形)で角交換から△4五角と打たれたときと同じ発想で、▲7六角と打って先手良し。
*6:【第6図】12手目△6五角まで。これで先手が悪いので7手目▲7四歩は悪手と言われていた。
*7:【第7図】13手目▲5六角まで。この角合わせが盲点で、誰も気付かなかった。
*8:【第8図】15手目▲7四同角まで。以下の後手の応接は多岐に及ぶ。
*9:【第9図】12手目△9二角まで。△6五角▲5六角の変化に比べ、直ちに飛車を取る必要が無い。後手の有力な対策の1つ。
*10:【第10図】17手目▲7八飛まで。受けの好手で先手良し(飛車を引かないと、△5六飛▲同歩△7四角でジ・エンド)。角交換からの▲9五角や▲7七角の狙いが厳しく、後手動きづらい。
*11:【第11図】3手目▲7五歩まで。なお、初手から▲7六歩△8四歩の出だしのときに▲7五歩とすると、△8五歩と突かれて7七への角上がりを強要され、スムーズに石田流へ組む構想は失敗に終わる。
*12:【第12図】6手目△8五歩まで。従来はここで▲4八玉と上がるしかなかった。
*13:【参考図】32手目△5四歩まで。先手がこれ以上攻めていくのは難しい。図は▲6七銀型だが、▲5七銀型に組んでも同様に手詰まりになりやすい。
*14:【第13図】18手目△4四歩まで。この歩は取ってはいけないのは今や定跡。しかし実戦は以下▲4四同角△8四飛!▲7五歩△7三歩、で将棋が終わってしまった
*15:【第14図】59手目▲5七同歩まで。59手目にして不動駒がまだたくさんある上、大駒の位置が異常。そして形勢はというと、なんと先手の必勝形!!
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