脳の中の係数

バカの壁」、ブームに乗って(十分乗り遅れているが(笑))買ってみたわけだが、2章まで読み終わった。ちなみにアマゾンに載っている読者レビューの多くが、散々の評価をしている。
読んでいない方には何を言っているかさっぱりわからないだろうが、第2章の「脳の中の係数」について一言。
2章では、簡単に言うと、

脳内の思考は一次方程式でできている。すなわち、何らかの入力情報"x"に対して、脳の中で"a"という係数をかけて出てきた結果が"y"であるという
y=ax
で表すことができる。この"a"はいわば「現実の重み」とでも呼ぶものであり、興味を持つ事柄に関してはプラスの値、全く興味を持たない事柄にはゼロ、アンチテーゼを持つ事柄にはマイナスの値が入る。例えばアメリカ人は、「イラクの話題」という入力に対しては"a"をマイナスの値に設定し、出力として怒りの感情を表したりする。子供は「母親の勉強しろという言葉」という入力に対しては"a"をゼロに設定するため出力が現れず、なんの感情も行動も起きない。すなわち勉強しない。
すべての感情はこれで表せる。人間はどうしても自分の脳をもっと高級なものだと思っている。実際には別に高級ではなく、単なる入出力装置、いわゆる計算機なのだ。

というような話である。ごもっともな話である。こんなに切り詰めて話せば、脳が単純に語れるのは当たり前ではないか。それを言ったらなんでも単純に語れる。これはもはや脳について語っているのではなく、「何でもかんでも0と1で語れる」とでも言っているようだ(0と1のビットが複数あれば大きな数字も扱える)。
「人間はどうしても自分の脳をもっと高級なものだと思っている」と語る筆者が、どういうものを「高級」と定義しているのかはわからないが、プログラミング言語で言う「高級言語」はこういう意味である。→「高級言語
プラグラミング言語的にいうなれば、上の内容は一次方程式とはいえない。なぜなら、算術演算のほかに、「入力によって係数を可変させる」という論理演算(条件文)が入ってしまっているからである。簡単に「入力によって可変」と言っているが、この分岐は非常に膨大である。これはかなり立派な思考回路だ。「計算機」という単語にこっそり条件判断の意味を含ませて、シンプルすぎる数式を挙げるのは卑怯に感じる。
式を複雑化させて記述したくないのなら、せめて、入力は「話題」と「話の内容の重要度」を持つ構造体とし、

switch( 「話題」 ){
case 政治 : a = 1; break;
case スポーツ : a = 10; break;
  :
  :
  :

y=a×「話の内容の重要度」;

などと書くべきだ。こう書かないと、「条件文」に誘導されていることに気付いていない読者が多いと私は思う。「考えていないことに気付いていない人、わかっていないことがわかっていない人」を購買層と設定するのならば、なおさら必要だ。シンプルに書いて、「そんなのあたりまえだ、わかっている」と読者を反発させて、思考をストップにさせていいの?「脳は想像もつかないような可能性を秘めている(いろいろな側面を持つ)」とでも書いて、読者の思考を誘起するのが、1章からの流れだと思うが・・・

論理回路を含めなくても、「多入力」の関数で表す方法もあり、こちらのほうがしっくりくるだろう。すなわち、「政治の話題」という入力"x"に関しては係数"a"、「経済の話題」という入力"y"に関しては係数"b"、「将棋の話題」という入力"z"に関しては係数"c"、・・・といったように、あらかじめ入力を話題ごとに分けておき、それらに対して係数を用意した
y=ax+by+cz+・・・・
という一次方程式である。この入力の種類は、お解りの通り非常に多い。しかも本当は一次のはずはなく非線形(話題がころころ変わる人の話などを、脳は瞬時に解析して分けているわけだからすごいものだ)で、係数もマイブーム等によって動的に変わる「非線形時変方程式」なのだ。
こういったことを踏まえて、そぎ落として"y=ax+by+cz+・・・・"まで脳内システムを線形近似して簡略することが、脳の模式としてふさわしいと思う(この式は、上記のスイッチ文を算術演算のみに書き下したものといえる)。だがこれを"y=ax"までそぎ落として「これが脳だ」と語ることには納得できない。入力によって係数を変化させることを、例を用いてくどく説明しているのだから、それを数式モデル上に載せることは必要だろう。

ただ、入力は非常に多いのに出力は「感情」という一出力を考えればよい、というのは十分納得できる。「脳をシンプルに語る」上で、出力は「喜怒哀楽」の大きさのみと考えればしっくりくる。

こういう意見に対して著者は、「うん、君は良く考えているね、合格。」と言ってくれるのだろうか。とにかく、2章に関して言うと、「わかった気でいて何も考えていない人」を更生する内容にはなっていない。

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この記事を書いた人

「三間飛車のひとくちメモ」管理人、兼「フラ盤」作者、兼二児のパパ。将棋クエスト四段。
「三間飛車の普及活動を通して将棋ファンの拡大に貢献する」をモットーに、奇をてらわない文章とデザインで記事を書き続けています。

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