第21期竜王戦第1局に見る、「穴熊のパンツ」と「ゼット」の関係

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羽生名人、穴熊攻略

第21期竜王戦第1局は、後手・羽生善治名人が先手・渡辺明竜王の穴熊を見事攻略し勝利。

渡辺竜王が投了する前の数手、「△6七銀で勝利を確信した」と対局後に語った羽生名人のそれから三手の指し手は、最後までふるえることはなかった。

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第1図は、その△6七銀の局面。
先手が放っておけば△8九金▲同玉△7八銀成▲同玉△7七金以下簡単に詰むのはもちろん、▲6七同金と取っても△8八銀▲同玉△7八金▲同玉△6七歩成▲同玉△6八金、以下馬がうまく効いて詰んでいる。
本譜は▲7三桂成△同金を入れてから▲6七金(後手玉は詰まない)だが、これも上記手順と同様に進んで▲6七同玉のところで、馬を取られた代わりに手に入れた桂を5五に打って綺麗に詰んでいる。何ともよくできているものだ。いや、「(客観的にたまたま)よくできていた」のではなく、厳密には羽生先生が「よくできた」寄り形をあらかじめ認識しており、寄り形になるよう意識的に攻めの構想を組み立てていた。

「パンツ」が無いおかげで、詰めろになる

「パンツを脱ぐ」という将棋用語をご存知だろうか。あまりメジャーな用語ではないかもしれない。

この用語は、穴熊囲いにおいて玉の隣の桂馬を跳ねてしまうことを指す。この桂を跳ねてしまうと、玉の脇が開いてしまい著しく堅さが劣化しがちであり、このことを「パンツを脱ぐ」と表現している。語源は私は知らないが、別に桂を「パンツ」に例えているわけではないだろう。また、露出した玉を、読み方を変えて「タ」・・・自重しておく。とにかく、囲いがスカスカになって薄くなってしまった雰囲気は、語感からうまく伝わってくる。

原田 泰夫 (監修) 発売日:2004/12/20

また、「ゼット」という将棋用語をご存知だろうか。こちらのほうが一般的か。「ゼ」や「Z」とも表記される。

日浦 市郎 (著) 発売日:2003/11/1

出版社/著者からの内容紹介
「Z」とは、「ぜったい詰まない」から派生した俗語だ。相手に駒を何枚渡しても即詰みがない形を指す。「トラック一台分の駒を持っていようが詰まない」のだ。このZの瞬間を利用して、飛車でも角でも豪快に切り飛ばし、一気に必死を掛けて勝つのが「Zの法則」だ。本書では、Zの法則を生かした敵玉の寄せ方や、自玉をZにするテクニックを、著者のオリジナル問題を中心に詳細に解説した。読者の終盤力に一枚の厚みが加わること必定だ。何より、Zの法則が決まって勝つのは、最高に気持ちいい。

竜王戦第1局で、2一に桂があると仮定してみよう。局面はより簡略化した無仕掛け図式(初形の盤上に攻め駒が全く無い詰将棋)としている(第2図)。
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パンツをはいた第2図は、残念ながら飛車と角を何百枚持っていても詰まない。すなわち、2二に打ち込んだら△同金で全く王手がかからない。▲4四角と離して打ち込んでも、△2二銀と合い駒をされて同様だ。さらに、竜王戦のように▲4四歩と▲4三銀が置いてあってもやはり詰まない。どうしても玉を近くに引っ張り出せないのだ。

一方で、2一の桂が無い場合(第3図)。
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これは▲2一金△同玉▲3三桂の筋で詰ますことができる。もし第3図で3三に後手の桂がある場合、無仕掛け図式では詰まない(▲3三桂が打てない)が、竜王戦のように▲4四歩と▲4三銀が置いてあれば問題なく詰む。
ただし厄介なのが、▲2一金と金駒を一枚使って玉を引っ張り出す必要がある点。玉の一路の遠さが、金駒1枚に相当しているというわけだ。この「距離計算」と「持ち駒枚数計算」の複雑さのせいで、アマチュアにとって「詰めろ判定」が著しく難しくなる。これが穴熊の堅さの秘訣の1つといえる。

このように、穴熊がパンツをはいているかどうかは非常に重要だ。ゼットだと、穴熊側は駒の損得を気にせず寄せの構想を描くことに専念できる。また、パンツが無い形であっても、「金駒何枚で詰むか、また、くさび(上記でいう4三銀)をどう作るか」を意識しながら穴熊攻略を図る必要がある。

パンツを脱いでも勝つ羽生名人

桂を跳ねてしまった穴熊側は、終盤どう戦いを進めるか。簡単な話で、桂が飛んで開いたスペースを埋めて補強しながら戦う。
2008/09/13のエントリー「初代永世竜王を賭けた戦い、実現」でも述べた、記憶に新しい第21期竜王戦挑戦者決定戦第3局。この対局で、後手・羽生名人は振り飛車穴熊のパンツを序盤早々に脱いでいる(第4図)。
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手詰まり気味に陥り、仕方なく玉頭に駒を展開していくしかなかったような、指さされているような駒組みだった。

それでも勝った。第5図は、▲3一竜の王手に対し手順に△8一角と埋めたところ。
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8二に金がいる状態で8一に駒を埋めると、「金底の歩、岩より堅し」の格言に通じるところがあり格段に堅くなる。手順に埋められる順に誘導しているところが羽生先生の恐ろしいところだ。

強引にパンツを剥ぐ

「将棋世界」2008年12月号に、本テーマにぴったりすぎる将棋が載っていた。第67期順位戦C級1組5回戦、▲広瀬章人五段VS△村山慈明五段戦より。相穴熊の寄せ合いとなっている第6図。「本テーマにぴったり」、ということで、次の一手はおわかりですね。
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第6図から、▲3三角!△同桂▲3二歩(詰めろ)!これで一手勝ち。以下の手順や解説は、上記将棋世界P193をご参照あれ。必見の妙手順だ。

まだまだ続く竜王戦。「パンツ」にも注目?

2008/10/30,31と行なわれた竜王戦第2局。結果は羽生名人の勝ちで、通算成績は羽生名人の2勝0敗となった。が、このまま渡辺竜王が引き下がるとは思えない。第19期竜王戦では、佐藤康光棋聖(当時)相手に開幕2連敗から見事防衛を果たしている。
はたしてこの先どんな展開が待っているか。戦型に関していえば、間違いなく渡辺竜王の穴熊に注目が集まる。その際、本エントリーで述べた「パンツ」にも合わせて注目してみると、より楽しめるかもしれない。「パンツ脱がしちゃえばいいのに。」とか、「あっ!自らパンツ脱いだ!」*1とか(TPOをわきまえてご発声下さい)。こうご期待。

*1:中・終盤戦で自らパンツを脱ぐのは、冗談ではなく本当にありうるケース。パンツを脱ぎ桂を跳ねていくことで、縦の攻め(玉頭の攻め)を増強する狙いだ。例えば「将棋世界」2008年11月号の「勝又教授のこれならわかる!最新戦法講義�[世代に見る堅さ論の巻]」P77参照。

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この記事を書いた人

「三間飛車のひとくちメモ」管理人、兼「フラ盤」作者、兼二児のパパ。将棋クエスト四段。
「三間飛車の普及活動を通して将棋ファンの拡大に貢献する」をモットーに、奇をてらわない文章とデザインで記事を書き続けています。

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